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世田谷これまである記 -blog編-


宮坂の民話

今日は宮坂のお話です。
『ふるさと世田谷を語る』では、今回の話は『改訂世田谷の民話』から載せているとあります。

世田谷八幡の新しい社の棟上のとき、最後のはりが重くて持ち上がりませんでした。
それを見ていた五郎という村人が、いとも簡単に軽々とはりを持ち上げ完成させ、居合わせた職人たちは驚嘆しました。
それから一年後、八幡の社の完成祝いで奉納相撲がおこなわれたときも、五郎はどんどんと勝ち進み圧勝していきました。その時の五郎の姿が熱気で赤鬼のように見えたので、五郎は鬼五郎と呼ばれるようになりました。
その後五郎の噂は鎌倉にまで伝わり、鎌倉八幡の奉納相撲にも出場して見事に優勝しました。これを聞きつけた江戸の相撲親方たちが五郎に力士になるようにと誘ったのですが、五郎は、「自分は百姓です。奉納相撲は村を鎮める神様のためのものです。」といって、相撲取りにはならず、農業に励みました。

というお話です。
この話もところどころで聞いたことがある有名なお話で、
鎌倉で見事優勝した五郎が、その褒美として鎌倉八幡から御神体を勧請していただき、それを世田谷の神社に祀り八幡神社とした、というお話も聞いたことがあります。
(ただし、世田谷八幡神社の創建は、1087年源義家が奥州征伐の帰りに勧請したとされています。)

この奉納相撲は、現在の世田谷八幡の秋の祭礼(9月14,15日)においてもおこなわれています。
by hirainatsuko | 2006-05-02 14:16 | 民話・伝説

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