世田谷これまである記 -blog編-


砧の民話

今回は砧の地名の由来になった砧がでてくる、悲しいお話です。

砧村には、お春という娘が父親と二人で暮らしていました。しかし父親が病気になってしまい、まだ十二歳のお春が父親の代わりにせっせと働きました。砧村はその昔絹の生産地であり、お春も最近になって、布をきぬたでたたく仕事をもらえるようになりました。そしてお春は夜になってもトーントーンときぬたをたたき、一生懸命働いていましたが、これだけでは父親の薬代もままならない状態でした。そんな中、江戸から甲州街道や大山道を通って絹を売り歩いている商人たちが、江戸に奉公しに来ないかと言ってきました。奉公といっても、実質は商家に売り飛ばされるということです。お春もそれは知っていましたが、日々の生活が苦しくなり、とうとう三年の契約で江戸に奉公しに行くことになりました。そして父親は立ちすくみ、江戸へ旅立つお春を見送った晩のことです。父親が床に伏せていると、外からトーントーンときぬたのたたく音が聞こえます。お春が帰ってきたのかもしれないと思って外に出てみましたが、誰の姿も見えません。しかしきぬたの物悲しい音は、あくる晩もその次の晩も聞こえてきました。その音を聞きながら、父親はお春を奉公に出したことを今更ながら後悔したということです。

砧の地名は、布をたたく砧からきたものとされています。
古代においては東歌にも詠まれるほど、多摩川は絹の産地として有名でしたが、江戸時代に入ってもこの地域が絹の産地であったことは知りませんでした。
しかし砧らしいお話だなと思います。

『新・きぬた村のむかし話』(石井作平作)より。
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by hirainatsuko | 2006-06-08 15:08 | 民話・伝説

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