世田谷これまである記 -blog編-


せたがやじんと一緒♪ in代田

今回は代田へお散歩してきました。
目的は「斎田記念館」。この辺りはかつてお茶の栽培をしていたそうで、その頃の資料が展示してあるらしい、、、ということを『歩くせたがや21』で知り、是非行ってみようと思い出かけてきました。

出発点は下の谷。ここから歩いて代田を目指します。
環七をできるだけ通りたくなかったので、なんとか裏道をてくてくを歩いて行きました。
前回若林のまち歩きをした時に教えてもらった、かつての瀧坂道を通ってまずは花見堂小学校に出ました。

e0030922_11495289.jpgこの小学校がどうしたかと言いますと、代田には区の無形文化財に指定されている「餅つき」があります。そこで歌われる餅つき唄の中に、代田の名物について歌われているところがあります。その名物・名所の中に「花見堂」というのが挙げられているのですが、これが現在では何を示しているかわからないそうです。ただ字名に「花見堂」という名前が残っていただけだったのですが、現在では字もなくなってしまい、唯一この小学校に名前が残るのみとなっているのだそうです。
という経緯を踏まえて写真を一枚。手前に写っているのはオレンジのマントを翻して飛んでいるせたがやじんです。


e0030922_1152955.jpg次に円乗院です。ここでは1月に、先ほどの「代田餅つき」が三土代会(みとしろかい)によって行なわれます。
写真に写っている手前の木は「高野槙(こうやまき)」という木で、昭和20年5月25日に被災して、以降戦禍を後世に伝えるために残されているそうです。
あと、このお寺さんは蓮の花が沢山育てられています。咲いたところが見られたらとてもきれいだと思いました。


e0030922_1253271.jpg環七を北上し、今度は代田八幡に行ってきました。この神社は歩道橋から直でつながっていたので、鳥居を通らなくても境内に入れてしまいました。この神社は鳥居(入り口)が2つあって、本殿の正面に1つと、環七に向かって1つ。
この神社は、吉良家没落後に帰農した家臣が、代田の守り神として勧請したのが始まりとされています。





e0030922_12162736.jpg最後に斎田記念館へ。このあたりがかつてはお茶を栽培していたなんて知らなかった~。と思いつつ環七を南下。急にものすごい石垣が見えてきました!ななな、なんて立派なお屋敷なんだ!!この斎田家は、かつて吉良家没落後に代田を開発した代田七人衆の内の一人にあたるのです。しかし、今でもこんな立派な敷地が残っているなんてすごいです。
ちなみ「斎田記念館」はこの斎田家の敷地内にありました。
そして、あれ?休館日の表示。。。。ちゃんと曜日も時間も調べてきたのにっ。どうやら一年の中に展示期間というのがあるそうで、開館日も開館時間もその時のみ適用、みたいです。次の展示期間は9月1日からとなっておりました。さびしいです。

e0030922_12331599.jpgこの記念館の奥に、またもや立派な門構えが!!!おそらく斎田さんが住んでいるのでしょう。インターホンのところに「配達員さんへ」という張り紙が。家が広すぎてインターホンが聞こえないので、出てこなかったら電話してください。という主旨。うむむ、たしかに広そうだ。まわり歩けないかな、、と思ってこの代田3丁目23番地区をぐるっと周ってみたのですが、敷地の広さはよく分かりませんでした。参考にならないですけど一周900歩でした、はい。


斎田記念官に入れなくてちょっと残念でしたが、帰り道の代田宮前歩道橋から、新宿の副都心が見えました。ちょっとした発見でした。
最後下の谷着、合計8720歩。歩いた歩いた。
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by hirainatsuko | 2006-08-12 11:49 | お散歩

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