世田谷これまである記 -blog編-


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沖縄タウン 杉並和泉商店街

昨日、沖縄料理の材料を買いに「沖縄タウン」に行ってきました。

e0030922_11463071.jpgこの沖縄タウンは、和泉商店街が商店街振興のために、去年の3月から取り組まれた構想なのだそうです。
ちなみにここは杉並区なのですが、甲州街道渡って向こう側は「世田谷区大原」となりますので、良しとします。(何がだ・・・。)
この写真は商店街の入り口です。



e0030922_11472272.jpg商店街の中には、普通のお店屋さんなのですが、一部沖縄の商品を扱っているお店と、この写真のように完全に沖縄です!というお店がありました。











e0030922_11493784.jpg黒糖のサーターアンダギーを食べさせてもらいました!
このお店には、この間の夏の甲子園に出場した、八重商工の新聞の切り抜きが貼ってありました!お店の方は甲子園まで応援に行かれたのだそうです。試合もさることながら、沖縄のスタンド応援は一番だと言ってました。確かに楽しそうに話すお店のおばちゃんの話を聞きながら、沖縄の応援歌や踊りはすごそうだなぁと思いました。とても楽しそう。

一通りお買い物が終わった後、商店街の直営の沖縄ショップで「ウベ」アイスを食べさせてもらいました(食べてばっかりだなぁ・・・)。ウベは紅やまいものことで、沖縄にしかたぶんないだろうとのことです。山芋のアイスってどんなんだろうと思ったのですが、これがとっっても美味しかったです。山芋のようなネバネバ感はないのですが、その分コクがあってとてもまろやかでした。幸せいっぱい。

また、このお店にいたおじちゃんに聞いた話なのですが、かつては代田橋駅から商店街に人が流れて来ていて、昭和30〜45年くらいまではスリもでるくらい人通りが多かったそうです。しかしその後甲州街道が広くなって、駅と商店街の間にある甲州街道の横断歩道が歩道橋となったことと、環七ができたことによって人の流れが断たれてしまったそうです。
でもこの沖縄タウンによって、土日などには若い人も多く訪れるようになったと聞きました。

今度9月の9日10日にはお祭りがあるそうです。
ツアーを組んで訪れてみるのもたのしいな、と思いました。
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by hirainatsuko | 2006-08-27 12:08 | お散歩


せたがやじんと一緒♪ in等々力~九品仏 with3回目コワクツさん

今回は再び等々力周辺をお散歩してきました。
そしてゲストに、またまたまたコワクツさんが参加してくださいました!!

8月の最中にお散歩するのは暑くって倒れてしまうのではないかと思い、できるだけ涼しそうなところが良いなぁと考えまして、、、、等々力渓谷を選びました。
8月18日、世田谷区の最高気温は34度。等々力渓谷現在気温表示32度。・・・・あんまり変わらない・・・・。しかし渓谷内は日陰で、湿度さえ目をつぶれば、直射日光にさらされる外より歩きやすかったと思います。

今回は夏休みだったせいか子供たちが結構いました。
野毛大塚古墳では、小学生の女の子二人がせたがやじんに興味を持って来てくれました♪♪せたがやじん精一杯アピールしておきました。
また等々力渓谷内でも元気な男の子がせたがやじんに殴りかかってきて、危うく顔がぼこぼこになるところでした。
ここでお母さんに、一体私たちは何をやっているのか?と尋ねられました。せたがやじんの威力が大きいですね。不審人物ではないんです!!と思いながら、世田谷でまちづくりのようなことをやっているとお答えしておきました。
そうしたら「等々力の駅前の店で浮き輪を売っていてから、渓谷内で泳げると思ったんですけど、ここじゃ泳げませんよね。どこか近くに泳げるところがあるんですか?」と聞かれまして。確かかつて野毛の屋外プールで遊んだことがあったような、、、でも今はまだあるか分かりませんと返答。今調べてみたら、現在もまだ利用できるみたいです。なんだかちょっと懐かしい気分になりました。

等々力渓谷を通って等々力不動に出て、今度は一路九品仏へ。

e0030922_11365354.jpgまずは御岳山古墳です。この古墳にはかつて御岳神社が祀られていたことからこの名前がついたと言います。現在はお不動様が古墳の上に祀られていました。またこの丘の上へたどる道には、石仏がたくさん並んでいました。ものすごく見守られている感じです。コワクツさんにおいては、ここで何かを感じられたそうです。大きな通り沿いにあるとは思えないほど、緑で外界が断たれている古墳でした。
ここまで4464歩です。


e0030922_14543847.jpgここからまたてくてくと炎天下の中歩いていきます。
歩いていて思ったのが、この辺りの坂のすごさです。多摩川方向に向かってものすごい下り坂。また東西方向にも坂がすごい!ということで一枚写真を!
本には宇佐神社脇の「寮の坂」がすごいと書いてありましたが、その手前御岳山古墳の先にもすごい坂がありました。この坂を上りきると何が待っているんだろう!!みたいな坂でした。

さてお次は宇佐八幡です。
すっきりきれいな(?)神社でした。
この神社の裏山には「八幡塚古墳」があります。6世紀頃のものだといわれていまして、上には神明さまが祀られているそうです。残念ながらこの古墳は立ち入り禁止のため、足を踏み入れることができませんでした。
ここまで6346歩。

また通りをはさんですぐそばには伝乗院という立派なお寺さんもありました。このお寺はなんと、江戸時代に正月行事である「どんと焼き」で焼けてしまったため、寺にまつわる詳細が分からないらしいのです。
ちなみに「寮の坂」はこの寺の寮が道沿いにあったことから名づけられたそうです。

最後は少し日陰のできた道を歩いて九品仏(浄真寺)へ。
ここは中世の大平氏の居館跡に、江戸時代に入ってから珂碩上人が寺を建立しました。
この大平氏の居館は常盤姫の実家(?)とされていて、常盤伝説の縁の地です。
境内にはちょうど鷺草がきれいに咲いていました。
e0030922_15201810.jpg

ここまで9648歩。
暑くて疲れて、思わず上品堂の前の石階段に座り込みました。仏さまスミマセン・・。
三年に一回のお面かぶりでは、ここ上品堂と本堂の間に橋が架かって二十五菩薩が渡るんだよなぁと思いながら、私も向こうの世界に渡りそうなくらい暑い暑い散歩でした。
ひとまずお散歩はここでゴールです!!


さて最後に銭湯にて汗を洗い流そうかと思ったのですが、あいにくお盆のためかお休み。
泣く泣くそのまま最寄の尾山台の駅まで出ました。
でもそのお陰で尾山台駅着12177歩。一万歩超えました!!おめでとう!!

それにしてもあっっっつい中倒れなくって良かったです。
せたがやじんはだいぶバテてた様に見受けられました。
そして多分一人じゃこの暑さの中この距離は歩かなかったと思います。
コワクツさん、お付き合いくださって本当にありがとうございました!!
懲りずにまたお願いします。

おまけ
湯船につかっている(感じの)せたがやじんin等々力渓谷e0030922_15354387.jpg
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by hirainatsuko | 2006-08-19 11:03 | お散歩


『30日間避難訓練生活』

「防災について認識を深めてくれ」と言われて、上記の本を渡されました。
『30日間マクドナルド生活』という本に、マクドナルド生活以外にカップラーメン生活とこの避難訓練生活が掲載されているのです。
『30日間マクドナルド生活』は何やら一頃有名だったらしいのですが、そんなことは露知らず、、。またここから分かる通り、決して固く真面目な防災本ではなさそうです。

で、読んでみて・・・。

面白かったです。本来の防災とはもう関係なく「マクドナルド生活」も「カップラーメン生活」も読んでしまいました。

避難訓練生活ということで30日間を4段階に分けて、車中泊から始まってその後非常食を食べられるようになり、徐々に電気、水の供給が回復していく(←かなり大雑把)、、、という設定の上で避難訓練生活を30日間おこなってました。
まったくの認識不足の私は、インフラの回復順が「電気→水道→ガス」ということを知って、もう既にかなり勉強になった気がしました。

それで、何がすばらしかったか!
それは「どの非常食が美味しいのか」が切実に伝わってくることです。
値段と賞味期限まで全部表記してます。
やはり人間食べ物ですよね。
被災したら美味しいまずいなんてレベルじゃなくなると思いますが、でもどうせなら美味しい方が良いです・・・。だから今のうちからちゃんと美味しい非常食を準備しておきましょう!
他にも「水なしシャンプー」「アメリカの非常食アークスリー(あまり美味ではないらしい・・)」「宇宙食」「冬場お湯のない中での水浴び」「帰宅支援マップ」「浄水器」などいろいろと実体験してます。

震災時の経験はできればしたくないですが、避難訓練の経験は貴重かもしれませんね。
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by hirainatsuko | 2006-08-12 16:42 | その他


せたがやじんと一緒♪ in代田

今回は代田へお散歩してきました。
目的は「斎田記念館」。この辺りはかつてお茶の栽培をしていたそうで、その頃の資料が展示してあるらしい、、、ということを『歩くせたがや21』で知り、是非行ってみようと思い出かけてきました。

出発点は下の谷。ここから歩いて代田を目指します。
環七をできるだけ通りたくなかったので、なんとか裏道をてくてくを歩いて行きました。
前回若林のまち歩きをした時に教えてもらった、かつての瀧坂道を通ってまずは花見堂小学校に出ました。

e0030922_11495289.jpgこの小学校がどうしたかと言いますと、代田には区の無形文化財に指定されている「餅つき」があります。そこで歌われる餅つき唄の中に、代田の名物について歌われているところがあります。その名物・名所の中に「花見堂」というのが挙げられているのですが、これが現在では何を示しているかわからないそうです。ただ字名に「花見堂」という名前が残っていただけだったのですが、現在では字もなくなってしまい、唯一この小学校に名前が残るのみとなっているのだそうです。
という経緯を踏まえて写真を一枚。手前に写っているのはオレンジのマントを翻して飛んでいるせたがやじんです。


e0030922_1152955.jpg次に円乗院です。ここでは1月に、先ほどの「代田餅つき」が三土代会(みとしろかい)によって行なわれます。
写真に写っている手前の木は「高野槙(こうやまき)」という木で、昭和20年5月25日に被災して、以降戦禍を後世に伝えるために残されているそうです。
あと、このお寺さんは蓮の花が沢山育てられています。咲いたところが見られたらとてもきれいだと思いました。


e0030922_1253271.jpg環七を北上し、今度は代田八幡に行ってきました。この神社は歩道橋から直でつながっていたので、鳥居を通らなくても境内に入れてしまいました。この神社は鳥居(入り口)が2つあって、本殿の正面に1つと、環七に向かって1つ。
この神社は、吉良家没落後に帰農した家臣が、代田の守り神として勧請したのが始まりとされています。





e0030922_12162736.jpg最後に斎田記念館へ。このあたりがかつてはお茶を栽培していたなんて知らなかった~。と思いつつ環七を南下。急にものすごい石垣が見えてきました!ななな、なんて立派なお屋敷なんだ!!この斎田家は、かつて吉良家没落後に代田を開発した代田七人衆の内の一人にあたるのです。しかし、今でもこんな立派な敷地が残っているなんてすごいです。
ちなみ「斎田記念館」はこの斎田家の敷地内にありました。
そして、あれ?休館日の表示。。。。ちゃんと曜日も時間も調べてきたのにっ。どうやら一年の中に展示期間というのがあるそうで、開館日も開館時間もその時のみ適用、みたいです。次の展示期間は9月1日からとなっておりました。さびしいです。

e0030922_12331599.jpgこの記念館の奥に、またもや立派な門構えが!!!おそらく斎田さんが住んでいるのでしょう。インターホンのところに「配達員さんへ」という張り紙が。家が広すぎてインターホンが聞こえないので、出てこなかったら電話してください。という主旨。うむむ、たしかに広そうだ。まわり歩けないかな、、と思ってこの代田3丁目23番地区をぐるっと周ってみたのですが、敷地の広さはよく分かりませんでした。参考にならないですけど一周900歩でした、はい。


斎田記念官に入れなくてちょっと残念でしたが、帰り道の代田宮前歩道橋から、新宿の副都心が見えました。ちょっとした発見でした。
最後下の谷着、合計8720歩。歩いた歩いた。
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by hirainatsuko | 2006-08-12 11:49 | お散歩


影絵原画でみる「世田谷の民話」展 ~石井昭 影絵の仕事場より

現在キャロットタワーの3階にて上記の展示会が催されています。
キャロットタワーは生活圏なのですが、こんな催し物をやっているなんて露知らず、「民話の展示をやっているよ」というありがたい情報を頂いて、てくてく見に行ってきました。

影絵って、光と影のコントラストがとってもきれいですね。
民話の世界が、影絵によってより豊かに再現されていました。
しかもこれだけblogで民話を見てきて、しかも60話にもなったと豪語していたのにも関わらず、知らない民話がいくつかありました。
やはり民話はすごいです。まだまだ本に収まっていないお話が沢山あるのでしょう。

展示会には切り絵1枚1枚が飾ってあるだけでなく、3本ほど切り絵が映像化されていました。今回はちょっと全部見てこられなかったので、また見に行きたいと思っております。


ちなみに詳細は、

『影絵原画でみる「世田谷の民話」展 ~石井昭 影絵の仕事場より』
会期:2006年8月1日(火)~2006年8月20日(日)
時間:9時~20時
会場:生活工房ギャラリー(3F)
※入場無料
(生活工房のHPより)

ぜひ興味ある方、足を運んでみてください!
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by hirainatsuko | 2006-08-11 13:41 | 民話・伝説


ひとまず総括(民話・伝説)

ここで一旦「世田谷の民話・伝説」編を区切ります。
『ふるさと世田谷を語る』と『せたがやの民話』から地域ごとに引っ張って来たのですが、その数60話。
よくこんなに集め、残した人がいるもんだなぁと感心しました。
世田谷が農村地帯から今の住宅地へと姿を変えていった契機として、関東大震災が一つあったと思います。1923年に起きた関東大震災から80年余の月日が経っています。なので、これら民話の舞台となった世田谷の村々は、もう私には、直接体験してきた世界ではありません。それでも各地域の民話は、過去の姿を知るだけでなく、現在においても自分の地域に愛着を感じるお話だと思います。
上手くまとめられませんが、今まで見てきた「民話」と「地名」によって、自分に縁のある地域をより豊かにみていけたらなぁと思います。
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by hirainatsuko | 2006-08-10 15:51 | 民話・伝説


ふるさと区民まつり

この間の週末(8月5・6日)に、馬事公苑にて世田谷の「ふるさと区民まつり」がおこなわれました。
いやぁ〜暑かったです。
昨年は熱中症で16人運ばれたと聞いたので、どう生き抜くかが最重要課題でした・・・。
と言っても、いい天気に恵まれ、楽しいお祭りでした。


e0030922_15184398.jpgわれらがせたがやじんも出動しました!
通常お散歩している時よりも大きい姿です!!
ちなみにこの写真は打ち水をしている光景です。
この時夕方辺りだったと思うのですが、地面の温度は37度。しかし打ち水をしたら瞬時に31度まで下がりました。この水が蒸発する時にもう少し温度が下がるということなので、結構下がるものなんだなと感心しました。
多分せたがやじんは一人暑かったと思いますが。

ちなみに二日目の打ち水には「ウルトラマンマックス(?)」が応援に駆けつけてくれました。
地面温度51度を記録している中、全身ゴムでできているウルトラマンの安否が気遣われましたが、どうやら無事だったみたいで良かったです。


今年も並木のところには各自治体のブースがきていて賑わっていました。
また初日の夜はねぶたが巡行し、二日目の昼は世田谷の各地域の御神輿が練り歩きました。炎天下の中ものすごい数でした!このために各所から御神輿が集まった何てすごいなぁと思ってみてましたよ。
来客数も多かったと思いますし、さすが区民まつり!すごい!!


最後に馬事公苑のキャラクターと記念写真☆
e0030922_15311983.jpg

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by hirainatsuko | 2006-08-10 15:31


野毛の民話 その3

今回はずいぶんとメルヘンなお話です。

野毛には深い森のある丘があり、そこには立派な城が建っていました。お城には上品に育てられた美しい姫が暮らしていました。姫はとても優しく、森の動物達にも大変慕われていました。
ところがある日姫は京へ嫁ぐことになったのです。動物達はとても悲しみましたが、遠くに行く姫のため、沢山の薬草を運んできました。姫は喜び、今度は自分が動物達にお返しをしようと思い、森の中を歩き回ったところ、足を滑らせて滝つぼに落ちてしまいました。動物達は驚いて、急いで姫を助け上げ、一生懸命介抱しました。その甲斐あって姫は目を覚ましました。動物達は「姫は森のお姫様だ」「京などに行かないで」と口をそろえて言い、姫はみんなの顔を見まわしたあと、にっこり笑ってうなずきました。


はてさて不思議な話が野毛には伝わっているのだな、、と思いました。
結局、「このお姫様は生涯森の中で暮らしました」というお話なんですかね。
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by hirainatsuko | 2006-08-01 16:27 | 民話・伝説


用賀の民話

用賀にある無量寺にまつわる話です。

品川の漁師である喜七が、寄木の沖に舟を出してのりをとっている最中に、舟の前に大きな丸太が流れてきました。舟を近づけてよく見ると、それは観音様でした。喜七はやっとの思いで観音様を引き揚げ家に持って帰りました。
家に帰ると、用賀村の高橋六右衛門が来ていました。先日喜七は六右衛門のところへのりを届けに行ったのですが、六右衛門家では母を亡くしてとりこんでいた為、喜七は仏様のお供え物にと言って隣の家にのりを預けていったのです。今日はそのお礼にと高橋六右衛門は訪れたのでした。六右衛門は喜七の拾った観音像をみて、亡くなった母にそっくりであることに驚きました。喜七に観音像を是非譲って欲しいと頼み、用賀村に大切に持ち帰りました。そして村の守り神とするべく、無量寺に観音堂を建てて、村の大切な観音様にしました。


この無量寺はこの間お散歩で行ってきたところです。
昔は観音講で賑わったお寺だと説明がありました。また観音様は十二年に一回午の年に開帳されるそうです。
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by hirainatsuko | 2006-08-01 16:03 | 民話・伝説


深沢の民話 その3

中世南北朝の頃のおはなしです。

多摩川で武士の合戦がまたあるという噂が、深沢村にも流れてきました。旗さしものをみると、どうやら新田氏と江戸氏の合戦のようです。
ある夜、村の旧家三田家に、身ごもった姫と供の者がやってきたのです。供の者は、姫に生まれる子供が男の子であったなら、芝の神明様に送り届けて欲しいと言って立ち去りました。後に姫は男の子を産み、三田家では誰にも気付かれないようにと屋敷の奥で子供の世話をしました。世田原で合戦が終わった後、敗れた兵が逃げ込んでないかと三田家に調べの者が来ました。姫の子供は敗れた新田のかたみでした。そこで三田家では子供を密かに芝の神明様に届けることにしました。しかし屋敷の外には敵の目が光っていて送り届けることができません。なので三田家では屋敷神に芝の神明様をむかえて、子供を神前に届ける儀式を行ないました。

お話は以上なのですが、続きが気になるところです。
多摩川で新田氏と江戸氏の戦いがあるといわれると、新田義興が矢切の渡しで謀殺された話が思い浮かぶのですが(詳細は兵庫島の話にて)、今回のお話はこれと関係しているのでしょうか。
しかし世田原ってどこでしょう。このあたりのはらっぱ?
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by hirainatsuko | 2006-08-01 15:48 | 民話・伝説

    

きょうどしか(志望)
by ooyama michiko
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