世田谷これまである記 -blog編-


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松原の半田塚

松原の民話で紹介した半田に行ってきました。
半田はかつての小字名で、ここには「半田塚」というものがあります。

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半田塚は、今でもちゃんとありました。
江戸時代(1828年)に書かれた「新編武蔵国風土記稿」では、
「墳墓、半田塚、小名スナハチ半田ト云。コノ塚アルユヘニ地名モ起レリト云。
 ・・・何人ノ墳ナリヤソノ来由ヲ伝ヘザレバ、詳ナルコトヲ知ラズ」
とあるそうです。
ちなみに、松原の「半田」はその後区域が縮小されて「半田塚」となり、
赤堤の「半田塚」は「梅檀並」と変更されたそうです。
(世田谷区教育委員会の看板より)
半田塚は現在の住所でいいますと、松原6-20になります。


また近くには、都立梅ヶ丘病院があります。
ここは、北杜夫の『楡家の人々』にでてくる楡病院のモデルとなった病院です。
当時は「青山脳病院本院」だったのですが、大正末期に都によって買い上げされて
現在の都立梅ヶ丘病院になりました。
北杜夫は斉藤茂吉の次男で、斎藤茂吉は青山脳病院の院長でした。
(世田谷文学館『あの名作の舞台』より)
なので、病院の正門の所には斎藤茂吉の歌碑が建てられています。
私は『楡家の人々』を読んだことがないのです。
今度チャレンジしてみたいと思います!
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他にも松原には、「松原寺町」と呼ばれる界隈があります。
ここは烏山の寺町同様、大正12年の関東大震災後に移ってきた寺で構成されています。
寺は、浄徳寺・正法寺・延重寺・常念寺・勝林寺の5つです。
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このあたりは道が入り組んでいて少し迷いましたが、
ちょっと情緒のある風景に出会えます。
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by hirainatsuko | 2008-01-11 16:22 | 民話の舞台

    

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