世田谷これまである記 -blog編-


栄珠稲荷と三宿神社

かつて世田谷の民話について、このblogでとり上げていったのですが、
今度はその民話の伝わった場所を探し求めてみよう!というコーナーを
おこなっていきたいと思います。

第1回は、「栄珠稲荷と三宿神社」です

【栄珠稲荷】 三宿1-14
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こちらは、かつて「三宿の民話 その1」でとりあげた民話が伝わるお稲荷さんです。

ちょっと探しにくい場所にありまして、くるくる回ってしまいました。










ちなみに余談ですが、自転車に乗ってこのお稲荷様を探している途中で、
何故かパトカーに乗ったおまわりさん2人に呼び止められました。
どうやら、自転車が盗難じゃないかどうか調べているようでしたが、
その間の会話で、
おまわりさん「これからどこ行くの?買い物?」
私「いえちょっと・・・。・・・神社に・・。」
おまわりさん「神社・・・?どこの?」
私「・・・三宿にある栄珠稲荷です」
おまわりさん「えいじゅなり?・・・しらないなぁ」
・・・という会話がありまして、
ひょっとしたら一般の人は入れないところにでもあるのだろうかと諦めかけたのですが、
見つかってみれば、なんともない普通に一般道路沿いにありました。

ちなみにおまわりさんには無事解放してもらえました。


【三宿神社】 三宿2-27付近
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こちらは「三宿の民話 その2」で紹介している神社です。
お話としては、たぬきの恩返しで、氏神様の三宿神社裏の滝の水を・・どうのこうの・・・。
というお話なのです。(リンク先を読んでくださいっ)

本当はそのたぬきばやしをおこなう秋のお祭りに行ってみたいのですが、
来年の9月まで待っていたら忘れそうなので、
今回行って来ました。



神社の裏には滝はなく、広い空き地(?)やら多聞小学校がありました。
東となりには墓地もありました。
神社で墓地も珍しいなぁと思っていましたら、
この神社は元はお寺さんだったそうです。
経緯としましては、明治初期、一村一社制が導入された時に、
三宿には神社がなかったそうです。
そこで、江戸期に廃寺となった多聞寺を神社としたのだそうです。
これが今の三宿神社です。
ちなみに多聞寺は毘沙門天を祀っていて、
三宿神社とするときに、「祭神 毘沙門天」としたのですが、
明治政府に提出した文書では、「大物主命」に書き換えられてました。
その後、現在の祭神は「創稲魂命(ウカタマノミコト)」だそうです。
ここで気になるのが、民話の中には「氏神様」とあることです。
この話自体が明治以降の話なのか、
それともそれ以前からあった話が、
多聞寺から明治になって三宿神社になった時に、
話の中でも寺から氏神様と伝え変わったのかは・・・私にはわかりません。


おまけ 三宿1-15付近
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三宿神社のタヌキと関係あるのか分かりませんが、
こんな公園がありました。



こんな感じで、続けていけるのか不安ですが、
いけるところまでいってみようかと思います。
ちなみに、久しぶりにせたがやじんを連れ出したら、
せたがやじんの雰囲気がちょっと変わった感じがします。わかりますか?
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by hirainatsuko | 2007-12-04 17:34 | 民話の舞台

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